2023/2024シーズンは、佐渡裕が第5代音楽監督として本格始動する。
彼が今後のテーマに掲げたのは「ウィーン・ライン」。
この音楽の都で活躍した作曲家を柱とする、魅惑のラインアップをご紹介しよう。

トリフォニーホール・シリーズ & サントリーホール・シリーズ

テーマに即したウィーンゆかりの作曲家の名作が主軸をなす、オーケストラの醍醐味満載のシリーズ。西欧の巨匠渾身の大作に加えて、日本人作曲家の作品も興味をそそる。

■ #648(4月8日、10日)

音楽監督・佐渡裕の就任披露公演。
共演歴も長い人気ピアニスト・辻井伸行がソロを弾くラフマニノフのピアノ協奏曲第2番で幕を開ける。二人の初共演CDの演目でもあるロマンティックな同曲では、情感豊かなソロと流麗なバックが一体となった名演が期待される。後半は、音楽史上稀なる大スペクタクル、R. シュトラウスの「アルプス交響曲」。多彩な楽器を駆使したゴージャスなサウンドを、佐渡ならではの雄大な演奏で満喫し、新コンビの今後に夢を馳せたい。

■ #649(5月13日、15日)

分析力に長けた敏腕指揮者・沼尻竜典の登場。最初のシベリウスのヴァイオリン協奏曲では、2019年ニールセン国際コンクールで優勝した今年23歳の俊才ユーハン・ダーレネが共演する。シベリウスは彼がCDで豊潤な快演を展開している演目。ここは新スターの妙技にいち早く触れたい。後半のメンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」は、管弦楽による3楽章の後に長大な声楽付きの楽章が置かれた、ベートーヴェンの「第九」を彷彿させる大作。こちらは作曲者一流の親しみやすい音楽を生体験できる貴重な機会だ。

■ #650(6月24日、25日)

世界的名匠シャルル・デュトワが再登場を果たす垂涎の公演。2022年6月、48年ぶりの共演(初共演は1974年)で新日本フィルから色彩的かつ豊麗な響きを引き出し、鮮烈なインパクトを与えた彼も、今年なんと87歳。今回は、「牧神の午後への前奏曲」、「火の鳥」組曲、「幻想交響曲」と、十八番のフランス系看板曲が並んだ究極のプログラムが用意されている。ここは“音の魔術師”の真髄をしかと耳に焼き付けておきたい。

■ #651(9月9日、11日)

Music Partnerの久石譲が、新日本フィルとの強固な信頼関係を示す。2021年9月の定期で、新作とマーラーの交響曲第1番「巨人」の清新な快演を展開した久石が今回挑むのは、やはり新作とマーラーの交響曲第5番。「新作は初演日後半の演目の編成を意識する」と語っていたこの人気作曲家が、大編成のマーラー5番の前にいかなる楽曲を披露するか? すこぶる楽しみだ。マーラーの方は、作曲家らしい視点で楽曲を再構築する久石のアプローチと、新生・新日本フィルの技倆やサウンドに期待がかかる。

■ #652(10月28日、30日)

佐渡裕がおくる「ウィーンゆかりの作曲家」プログラム。ハイドンを「オーケストラとの信頼関係を作るための、とても重要なレパートリー」と位置づける佐渡は、第1弾に交響曲第44番を選んだ。「悲しみ」の愛称を持つこの曲は、疾風怒濤時代の短調交響曲ゆえに、劇的な表現を堪能できるだろう。後半はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」。ウィーンの楽団のシェフとして当地のサウンドや空気感を知る佐渡が紡ぐ、豊麗でダイナミックな音楽に身を浸したい。

■ #653(2024年1月19日、20日)

佐渡裕の指揮。今度はマーラーの交響曲第4番が演奏される。終楽章にソプラノ独唱が入る天国のような音楽に酔いしれる喜びは大きく、ブルックナーとの4番比較も興味深い。前半の武満徹「系図」は、谷川俊太郎の詩に基づく感動的な作品で、少女の語りとアコーディオンのソロも見どころ。本公演はピュアな“ 声” が肝でもある。

■ #654(3月2日、3日)

重鎮・秋山和慶が、細川俊夫の「月夜の蓮~モーツァルトへのオマージュ」と、ラフマニノフの交響曲第2番を指揮する。細川の作品は、2006年のモーツァルト生誕250年
にちなんだピアノ協奏曲。その神秘的な音楽を、世界初演・日本初演共に受け持った児玉桃の感性豊かなピアノで堪能しよう。ラフマニノフの方はロマンと旋律美に溢れた壮大な交響曲。大作の造型に定評ある秋山が明快・的確に表現し、作曲者生誕150年で沸いた2023年シーズンの掉尾を飾る。

すみだクラシックへの扉

親しみやすい名曲を中心に、クラシックの多彩な魅力を満喫できる午後のコンサート。多様な指揮者やソリストが、ウィーン・ラインをはじめ様々な国の色彩的な音楽を奏でる。

■ #14(4月14日、15日)

新音楽監督・佐渡裕とピアニスト・辻井伸行の人気コンビが、シリーズ
のスタートを彩る。演目は、19世紀末~20世紀前半のイタリア、ロシア、チェコを代表する名曲。辻井の十八番ラフマニノフも佐渡お得意の「新世界より」も、生気に富んだ音楽が展開されるに違いない。

■ #15(6月9日、10日)

新日本フィルと再三共演して抜群の相性を示すデリック・イノウエの指揮。カナダに生まれ、桐朋学園大学で学んだ後、国際的に活躍する彼は、特にMETをはじめとするオペラでの実績が光っている。今回はバロック&古典派のオペラ作品中心のプログラムでその手腕を発揮。アリアの数々を歌う日本屈指のカウンターテナー・藤木大地も興趣を盛り上げる。

■ #16(7月7日、8日)

ブラジル出身の指揮者ジョゼ・ソアーレスが、ラテン系の作品を聴かせる。彼は2021年に23歳で東京国際音楽コンクール〈指揮〉を制した俊才。自国ヴィラ=ロボスとアルゼンチンの代表格ヒナステラの作品では、本場のリズムとサウンドが炸裂するに違いない。特に血湧き肉躍る『エスタンシア』は、胸を鼓舞すること必至。幅広い人気を誇るギタリスト・村治佳織が弾く「アランフェス協奏曲」は、もちろん極め付きの演目だ。

■ #17(9月29日、30日)

ヨーロッパを拠点に、指揮者、ピアニスト、作曲家として活躍する才人・阿部加奈子が勇躍(ゆうやく)登場。ラヴェルとチャイコフスキーの名作を指揮する。パリ音楽院で学び、フランスでの実績も光る彼女のラヴェルは聴きものだし、ピアノ協奏曲を弾く2019年ロン=ティボー=クレスパン国際コンクールの覇者・三浦謙司の雄弁なソロも大きな楽しみ。「悲愴」交響曲のアプローチにも熱視線が注がれる。

■ #18(10月20日、21日)

モダン・オーケストラでの実績も顕著な古楽界の雄・鈴木秀美が、ウィーンの名交響曲を主軸にしたプログラムで魅せる。「未完成」と「田園」は、数ある交響曲の中でもふくよかでしなやかな音楽。緻密かつ引き締まったタクトで精彩に富んだ音楽を生み出す鈴木ならば、耳新たな境地へ誘ってくれることだろう。

■ #19(11月10日、11日)

2010年以来新日本フィルと再三共演して生気溢れる音楽を展開したフランスの名指揮者ジャン=クリストフ・スピノジが、久々に客演。2022年1月の来日が叶わなかっただけに、待ち望まれた登場だ。イタリア、ドイツ、フランスを代表するオペラの管弦楽曲が並んだプログラムも胸が躍る。さらには今年12歳のヴァイオリニスト、HIMARIの出演も見逃せない。驚異的な才能をみせる彼女の独奏に加えて、知名度に比して生演奏の少ないヴィエニャフスキの協奏曲を体験できる喜びも大きい。

■ #20(2024年2月16日、17日)

久石譲が自作とモーツァルト、ストラヴィンスキーを指揮する興味津々の公演。「ジュピター」交響曲はベートーヴェンの交響曲全集で高く評価された久石の古典への鮮烈なアプローチ、彼がCDにも録音している『春の祭典』は明晰な構築が期待される。特に、「ジュピター」終楽章の精緻な造型、『春の祭典』の変幻するリズムなど、複雑な局面での斬新な創造に注目!

■ #21(3月15日、16日)

前音楽監督・上岡敏之と、フランスが誇る世界屈指の名ピアニスト、アンヌ・ケフェレックが揃い、2020年7月に中止となったプログラムを実現させる。中でも「グレイト」交響曲は、同シーズンのシューベルト全交響曲演奏を締めくくる演目だっただけに“待望” の一語。上岡がスコアを洗い直して描く“ 天上的な大交響曲”の姿が楽しみだし、ケフェレックが弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番も、味わい深い名演を体験できること間違いなしだ。


柴田克彦(しばた・かつひこ)
福岡県生まれ。音楽マネージメント勤務を経て、フリーの音楽ライター・評論家&編集者となる。雑誌、コンサート・プログラム、Web、宣伝媒体、CDブックレットへの、取材・紹介記事や曲目解説等の寄稿、プログラム等の編集業務を行うほか、講演や講座も受け持つなど、幅広く活動中。著書に『山本直純と小澤征爾』(朝日新書)、『1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集』(音楽之友社)。