ロシア駐在時代に新日本フィルのモスクワツアー(ロストロポーヴィチ指揮)に同行、雑誌『音楽の友』の記事を執筆いただいた大塚健夫氏(ロシア音楽評論)に寄稿いただきました。
指揮者のアンドレイ・ボレイコは、1957年生まれの生粋のサンクトペテルブルグっ子(当時の人はレニングラードっ子というべきかもしれない)。レニングラード音楽院での師匠、アレクサンドル・ドミートリエフ(1935~、)は長きに亘ってペテルブルグ交響楽団の音楽監督を務め、とくにシューベルトやベートーヴェンの演奏で定評があった。『カペラ』と呼ばれるエルミタージュ美術館のすぐそばの合唱隊(音楽専門学校)を経て音楽院に入学している経歴も師匠と同じだ。
筆者がボレイコを初めて聴いたのはもう四半世紀前、1999年5月、モスクワ音楽院大ホールでロシア・ナショナル管弦楽団(RNO)を率いての演奏。前半がマーラー10番、後半はギドン・クレーメルの独奏でシュニトケとチャイコフスキーのコンチェルトという、ユニークな曲順であったのを覚えている。当時ボレイコはウラル、ポズナニ(ポーランド)のオーケストラを経て旧東独イエナ管弦楽団の音楽監督として活動を始めた直後で、颯爽した指揮棒さばきであったと同時に師のドミートリエフの堅実さを感じさせる演奏、RNOの響きも超一級品、と当時の筆者のメモにある。
いまや巨匠の域に達したボレイコが、ジョージア出身、音楽家サラブレッドの家系で弱冠16歳のツォトネ・ゼジニーゼとストラヴィンスキーの『カプリッチョ』を聴かせてくれる。これは楽しみだ。ボレイコのショスタコーヴィチは未知数だが、作曲家没後50年の今年、きっと彼ならではの新しい解釈を聴かせてくれるに違いない。
(大塚健夫、ロシア音楽評論)
大塚健夫氏プロフィール
ヴィオラ奏者、ロシア音楽研究家。ソ連・ロシアに商社の駐在員として15年滞在、1990年代後半、月刊誌「音楽の友」にモスクワ・レポートを約1年半にわたって連載。モスクワ、サンクトペテルブルク、ハバロフスクと、1980年代以降、計15年間にわたるソ連・ロシアでの駐在経験を生かし、文化、ビジネスの生き証人として、一定の歴史スパンをもって、ときに歴史や文学などの話題を混ぜて、ロシア音楽、文化を語る。