スイスの著名な音楽一家に生まれる。チューリヒ音楽大学で学んだ後、パリでナディア・ブーランジェに、ローマとシエナでフランコ・フェラーラに師事する。1966年、ルドルフ・ケンぺ/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団主催の指揮者コンクールで優勝し、1968年には、フィレンツェのAIDEM作曲コンクールで優勝を果たした。
1969~91年スイス・イタリア語放送管弦楽団の音楽監督を、1990~93年ミラノ・アンジェリクム管弦楽団の芸術監督を歴任し、1989年よりエンガディン交響楽団の正指揮者を務めている。1999/2000シーズンのゲッティンゲン交響楽団のコンダクター・イン・レジデンスとなり、2001年には自らイタリア・スブリア交響楽団を設立した。
東西ヨーロッパ、メキシコ、アジアのオーケストラに定期的に客演しており、これまでに、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ハンブルク・フィルハーモ二―管弦楽団、ベルリン放送交響楽団、ハンブルク北ドイツ放送交響楽団、ケルンWDR交響楽団、ウィーン交響楽団、hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)、バンベルク交響楽団、プラハ交響楽団、フランス国立管弦楽団、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、ベルギー国立管弦楽団、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団、RAI国立交響楽団、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団、バーゼル交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、ボーンマス交響楽団、カメラータ・ザルツブルク、NHK交響楽団、読売日本交響楽団を指揮している。オペラでは、ドイツの古典派およびロマン派を得意とする一方、ロッシーニやドニゼッティの作品にも精通している。
また、ザルツブルク、ウィーン、ベルリン、パリ、フランドル、ミラノ、ルツェルン、フィレェンツェ、チューリッヒ、サンクトペテルブルク、アスコナ、ルガーノでの音楽祭にも登場しているほか、1996年にはベルリン交響楽団のイタリア・ツアーを、1998年にはハレ管弦楽団のツアーを指揮した。これまでに60を超えるCD、DVD、LPをリリースしており、2度のディスク大賞を獲得。1978年には、パウル・ヒンデミットの後継者として、イタリア・アントン・ブルックナー協会名誉会員に選出された。
1999年、ベルリン・フィルの総裁であったウルリヒ・メイヤー=シュールコフの推薦で、UBS銀行文化財団から指揮者としての功績を称える名誉賞を受賞する。さらに2005年には、サンマリノ政府よりオフィシエの称号を授与される。 新しい作品にも積極的に取り組み、これまでに、フェルドマン、グロボカール、ジョエル・ホフマンをはじめとする数多くの作曲家による作品を初演している。また、シューマン、リスト、チャイコフスキー、ウェーバー、ロッシーニ、ドニゼッティの作品を発掘し、編纂している。