戦後80年である2025年に行われる「すみだクラシックへの扉」第28回では、フォーレの「レクイエム」を演奏します。このプログラムには、音楽監督・佐渡 裕と、墨田区錦糸町にあるすみだトリフォニーホールを本拠地とする新日本フィルハーモニー交響楽団の特別な思いが込められています。
現在の墨田区である本所区と向島区は、昭和20(1945)年3月10日の東京大空襲により多数の犠牲者を出すとともに、市街地は壊滅的な被害を受けました。この戦争により、墨田区は6万人超の死傷者と30万人近い罹災者を出しました。
2022年にすみだ音楽大使と新日本フィルのミュージック・アドヴァイザーに就任し、翌2023年から新日本フィルの音楽監督を務めている佐渡 裕はこう語ります。
“新日本フィルのミュージック・アドヴァイザー、そして音楽監督に就任することが決まった後、YouTubeの『すみだ佐渡さんぽ』企画で、墨田区のさまざまな名所を訪ねることになりました。
僕の頭にまず浮かんだのは下町情緒の残る街並みやスカイツリーなどでしたが、墨田区在住のヴィオラ奏者吉鶴(洋一)さんが最初に連れて行ってくれたのは、東京都慰霊堂(墨田区横網)でした。慰霊堂には関東大震災と太平洋戦争の空襲で亡くなった、16万人を超える人々のご遺骨が安置されていると聞きました。また、向島のすみだ郷土文化資料館では、空襲の被害にあった人々が当時を思い出しながら描いた絵を見せていただきました。関東大震災や東京大空襲のことはもちろん歴史として知っていましたが、墨田区が受けた被害の大きさを思うと、改めて心の底から胸が痛みました。墨田区の小学校では“語り部”が戦争体験を語る時間があるそうです。
戦後80年の2025年に、その墨田の地から、未来への平和の祈りを込めて新日本フィルとともに演奏をお届けしたいと思います。これまで、兵庫(※)や熊本、東北地方等全国で地震や災害の被災者の方を訪ねたり、大きな戦災にあった国で鎮魂のための演奏をしてきました。犠牲になられた方に手を合わせながら、長い時間が経っても大切な人を失った傷は消えないと感じています。音楽を通して心を励まし、被害を受けた地に豊かな未来が広がるように、音楽の力を信じて祈り続けたいと思っています。今も世界では戦争が起こっていますが、人間は間違いを繰り返さない力を持てると願ってやみません。戦後80年の2025年に、墨田の地から新日本フィルハーモニー交響楽団とともに、平和への願いを込めて、鎮魂の音楽を奏でたいと思います“
※佐渡 裕は2005年9月に阪神淡路大震災からの「心の復興・文化の復興」のシンボルとして開館した兵庫県立芸術文化センター(兵庫県西宮市)の芸術監督も設立当初から務めています。
すみだクラシックへの扉 第28回について佐渡 裕よりメッセージ
公演企画担当者は、この公演への意気込みをこう語ります。
“3大レクイエムというとモーツァルト、ヴェルディ、フォーレの3曲で、そのうちモーツァルトとヴェルディは特にその旋律がCMや映画音楽によく使われて知られています。
レクイエムは、「死者のためのミサ曲」という意味ですが、ミサ曲というだけで大きい、重たい、長いというイマジネーションが広がるのではないでしょうか?
一方、フォーレの「レクイエム」は、そのラテン語本来の意味である「安らぎ」「安息」をまさに実感させる名曲中の名曲です。例えば3曲目のサンクトゥス(Sanctus)は、天使の合唱の中、天国に行く人が静かに光の中を歩むさまがみえるようです。4曲目のピエ・イェス(Pie Jesu)は、ボーイ・ソプラノの無垢で清廉な歌声がオルガンをバックにホールを満たします。5曲目のアニュス・デイ(Agnus Dei)はこの曲の白眉ともいうべき究極の美しい音楽、圧倒的な存在感、ホール全体に響き渡る永遠の響きです。終曲の楽園にて・・まさに楽園とはかくなる世界ではないか、天上の楽園を垣間見ることができます。
このひと時を、たくさんのお客様にお届けしたいと思います“
【公演詳細】
新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 第28回
2025年1月31日(金)・2月1日(土)
- イベール:室内管弦楽のためのディヴェルティスマン
- アルチュニアン:トランペット協奏曲*
- フォーレ:レクイエム op. 48 **
指揮:佐渡 裕
トランペット:山川永太郎(NJP首席トランペット奏者)*
バリトン:キュウ・ウォン・ハン** ボーイ・ソプラノ:調整中** 合唱:栗友会合唱団**
なお、2025/2026シーズンの開幕を飾る2025年4月の第662回定期演奏会では、師バーンスタインの楽曲に未来への平和の祈りを込めたプログラムをお届けします。J.F.ケネディへのレクイエムとして捧げられた「カディッシュ」は、佐渡とオペラで名演を重ねてきた高野百合絵、日本の演劇シーンに欠かせない女優・大竹しのぶが出演。ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番との組み合わせは、1985年に原爆犠牲者への鎮魂と平和への祈りをささげる「広島平和コンサート」で、のちに佐渡の恩師となるレナード・バーンスタインの指揮で演奏され、聴衆に深い感銘を与えたプログラムで、佐渡自身も忘れることができないと語っています。
戦後80年にあたる2025年に佐渡 裕と新日本フィルが、墨田の地から贈る平和へのメッセージ。ぜひお聴きください。