~「日本・フィリピン国交正常化70周年記念演奏会」によせて~

6月下旬にマニラを訪れた。


飛行機を降りてまず感じたのは、空気の湿度だ。関東地方もすでに梅雨入りしていたとはいえ、マニラの空気にはすぐにわかる重さがある。肌を包み込むような温度と湿度が、「外国へ来た」という実感をいち早く伝えてきた。

ホテルへ向かう道中、車窓からは開発の進む街並みが広がっていた。一方で、イントラムロスと呼ばれる旧市街には16世紀のスペイン統治時代の面影が今も残っている。

1600年前後に建てられたサン・アグスティン教会に足を踏み入れると、自然と頭上へ目が向いた。そこには、学生時代を過ごしたドイツの教会と同じようにオルガンバルコニーがあり、小ぶりなパイプオルガンが静かに佇んでいた。

遠く離れたフィリピンの地でも、ヨーロッパ音楽文化の系譜を感じられる不思議な体験だった。教会内の静謐な雰囲気はヨーロッパと変わらない一方で、気温や湿度は紛れもなくフィリピンを感じさせる。その対比もまた興味深く、建築や音楽だけでなく、その土地の空気までもが文化の一部なのだと実感した。

街を歩けば、見慣れない街路樹や大きな木の実が目に入る。ホテルの朝食には、これまでに出会ったことのない料理が数多く並んでいる。旅先では、知っているものを選ぶよりも、知らないものに手を伸ばしてみるほうが面白い。そうした小さな発見の積み重ねが、その土地への理解を深めてくれるような気がしている。

今回演奏した劇場は、Solaire Resort & Casino内にある大劇場だった。バックステージに足を踏み入れた瞬間、日本のホールとは異なる雰囲気を感じた。通路の造りや楽屋の扉が、むしろヨーロッパの劇場を思わせるのだ。同じくドイツで学生時代を過ごした首席オーボエ奏者の神農とも、「なぜかドイツを感じるホールだよね」と話した。

演奏会の冒頭では、フィリピンと日本、両国の国歌を演奏した。客席最前列に座っていた一人の青年が、背筋を伸ばして立ち上がり、胸に手を当てながら力強く国歌を歌っていた姿が、今も印象に残っている。国歌を演奏することは、その国や人々への敬意を音楽で表す行為なのだと、改めて実感した。

そしてアンコールでは、フィリピンで「第二の国歌」とも称される日本のアニメ『ボルテスV』の主題歌を演奏した。演奏が始まった瞬間、客席から大きな歓声が沸き起こった。日本で生まれた作品が海を越えて別の国の人々の心の一部となり、オーケストラの演奏を通して再び響き合う。その光景は、音楽や文化の持つ力を改めて実感する瞬間だった。

空気や食事、人々の歓声、教会の静けさ。それらはすべて、実際にその場所へ行かなければ感じることのできない文化である。今回のマニラでの演奏旅行は、私にとって新たな文化との出会いとなり、音楽が人と人を結びつける瞬間を体験した、かけがえのない時間となった。

(2026年9月定期演奏会プログラム掲載)

noteでも執筆しています。

私の見たマニラ 〜城満太郎 編〜

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