圧倒的な技巧、繊細さと情熱を併せ持つ演奏で知られるヴァイオリニスト 服部百音の今を聴く「DS presents 服部百音の世界」。本公演では、彼女が今まさに届けたいと選んだ、シェーンベルクとショスタコーヴィチの2つの協奏曲に挑みます。この2曲に込めた想い、お客様へのメッセージをご寄稿いただきました。


今回は、新日本フィルハーモニー交響楽団よりコンチェルトを自由に組み合わせて世界観を作ってよろしい、という趣旨の企画を頂戴しました。券売の気楽さを考慮すればチャイコフスキーとメンデルスゾーンを演奏する企画が最も安定的だったのでしょう。ですが、私達演奏家は国内で演奏機会の多いレパートリーだけを繰り返すのではなく、手のつけにくさから埋もれがちであっても否定しようのないエネルギーを放つ美しい作品に光を当て、そういった作品と聴衆の皆さんとの出会いを増やしていくこと、その魅力を最大限感じられるような表現にこだわって橋をかけること— 私はここに、クラシックの作品に関わりそれを時代差のある現代社会の中で伝導する演奏者として大きな使命を感じているため、ショスタコーヴィチの2番とシェーンベルクを選び、この2曲に挑むことにしました。

この2つの協奏曲は、私にとって「音楽が人間をどう描けるのか」を問い直させてくれる作品でもあり、両者は対極的に相反するエネルギーに満ちています。

刃物のように鋭角で、人格で言えばとりつく島のないシェーンベルクは初めて聴く方はどこか”難解なリズムゲーム”のようなゾクゾク感が身体に走るかもしれません。実際そんな要素も含んでいますし、神秘的な部分も、人間離れした美しさが描かれています。本当に不思議な曲で、聴くまでは勇気がいるのに聴き出したら一気に終わりが来るような、そんな曲です。ただオーケストラパートも地獄の難しさであり、なかなか日本で演奏機会に恵まれた曲ではありません。
責任もって演奏しますので、皆さんにはこの機会にぜひ会場でこの曲と少しでも共鳴する瞬間を待ちながら感じていただけたらと思います。

この曲の後聴くショスタコーヴィチ2番では、ドミトリーがどれほど人間味豊かな愛情深い人間であったかが浮き彫りになることと思います。ショスタコーヴィチは、どんな痛みにも直面する勇気があった真の芸術家として幼少期も今も、大きな支えとして私の心に生き続けています。”ヴァイオリンとショスタコーヴィチの音楽との信頼関係”に安心して委ねて聴いていただければ幸いです。

今回の演目は簡単に“わかりやすい”という言葉では片付けられないでしょう。しかし、”わかりやすくない音楽=理解されないから魅力と価値がない”のではありません。それは、わかりやすさに関係なく、その作品にどんな魅力があるのか、既に自ら劇場に足を運んで感じ取ろうとして下さっている聴衆の皆さんに大変失礼で短絡的な考え方だと思うのです。

何はともあれ、一期一会のゾクゾクする音楽体験を保証します。そしてこの挑戦が、色々な形でクラシック音楽の幅と魅力の開拓、拡張に積極的に取り組んでいる方々へのエール、敬意として届くこと、惰性ではない選曲による演奏会の積み重ねが、日本のクラシック音楽界の今後の発展にもつながることを心から願っています。

感謝を込めて。

服部百音



DS presents 服部百音の世界

3/31(火) 19:00開演(18:15開場)
会場:すみだトリフォニーホール
指揮:下野竜也  ヴァイオリン:服部百音*

  • モーツァルト:歌劇『イドメネオ』序曲
  • シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲*
  • モーツァルト:歌劇『皇帝ティートの慈悲』序曲
  • ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番*