中学まで秋田で育ちました。ヴァイオリンを始めたのは3、4歳のときで、同級生のお家に横浜からレッスンに来られていた先生について、一緒にレッスンを受けていました。小学生になってからは地元の先生のレッスンに通うようになり、秋田の音楽愛好家たちが集まる合宿でアンサンブルに参加したりしました。専門的に勉強することになったのは、小学5年のとき。東京の先生を紹介してもらって、月2回、寝台特急で母と東京に通いました。もともと母のほうが熱心で、当時の私は、音楽家になりたいという意識もなく、母に怒られないよう、言われるがままにやっていたというのが正直なところです。

 母はとても厳しく、毎回のレッスンはもちろん、家での練習もすべて母の付き添いです。毎朝5時半に起きてご飯を食べて朝練。レッスンでの教えをもとに、うまくいかないと学校にも行かせてもらえません。学校に行くのが、むしろストレス解消になっていました。桐朋の高校に入ってからも、母は私に付き添って東京で暮らし、月1回秋田に帰る生活でしたが、それが一変したのが大学3年のときのコロナ禍でした。母が秋田に戻らざるを得なくなり、初めての一人暮らし。自分で考えて練習し、自分のスタイルで過ごす生活を楽しみました。子どもの頃は反発したり、不満に思ったりしていましたが、あの厳しさがなかったら今の自分はないと思っています。今は母もあたたく見守ってくれて、室内楽の演奏会に聴きに来てくれたりしています。

 NJPには2024年9月に入団しました。オーディションには大学の卒試で弾いたニールセンの協奏曲を選びました。高校の卒試ではコルンゴルトの協奏曲を弾きましたが、コルンゴルトは大好きな作曲家で、室内楽やオケ曲もいい作品がたくさんあるので、もっと演奏できるといいなと思っています。知られざる名曲を探し出すのも好きなので、これからも発掘していきたいです。

 夢は、秋田で定期的に室内楽の演奏会をすることです。NJPでアウトリーチのプログラムを設計し、どのように届けるのかを考えるのはとても楽しく、こういう活動を故郷にも還元して、学校や病院、カフェなどでできたらと思いました。まずは父の職場でヴァイオリン・デュオでできることになり、自分で編曲したりしながらプログラムを準備しているところです。いろいろな場で音楽の楽しさに触れた人がコンサートに通うようになる、そういう流れを作れたらいいなと思い描いています。

(2026年1・2月定期演奏会プログラム掲載)