2020年11月から新日本フィルの首席チェロ奏者を務めてきた桑田歩が、4月にブルックナーの交響曲第8番を“指揮する”。題して「歩夢ドリームオーケストラ Vol.2」。1月に行われたVol1は有志によるオーケストラだったが、今回は所属する新日本フィルを指揮しての公演。しかも演目は、交響曲史上屈指の大作にして傑作、ブルックナーの8番だ。この記念碑的公演に向けて氏の思いを聞いた。

 

─ まずは、今回の「歩夢ドリームオーケストラ Vol.2」の主旨からお話いただけますか。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私は闘病生活を送っています。その中で今年1月4日、N響コンサートマスターの篠崎史紀さんをはじめとする日本のトップ奏者たちに集まって頂き、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を指揮する公演を行いました。そこでさらに1つの節目として、日頃お世話になっている新日本フィルと共に、大好きなブルックナーの交響曲第8番を演奏させて頂きたい。今回はそうした思いで開催する公演です。

─ これまでどのような指揮活動をされてきましたか?

幼少時から、お気に入りの音源を聴きながら指揮の真似をするのが至福の時だったことが原点かもしれません。アマチュア・オーケストラやジュニア・オーケストラとの接点も多く、プロアマの垣根なく、指揮にも携わる機会を多く持つことができました。

─ 今回、ブルックナーの交響曲第8番を選ばれた理由は?

やはり最高の傑作ですし、ブルックナーの生涯が集約された作品ですので、1つの節目に演奏しておきたいと思いました。またこの曲は、アマ・オケで指揮したことがあるのですが、もう一度振ることを強く願ってもいました。ですから今回、ぜひ取り上げたいと思ったのです。

─ この曲の魅力は何でしょう?

僕も30年以上オーケストラで弾いてきて、ブルックナーの交響曲は全曲演奏していますが、足りないところから始まって成長していく様が、これほどはっきりわかる作曲家はいませんよね。交響曲を通してもそうですし、特にこの完成された最後の交響曲(第9番は未完成)には、そうした人生が垣間見えます。それが何よりの魅力ですね。それに、初期の作品は版によって大きく印象が異なりますが、8番はいい改訂がなされている。ちなみに今回使用するのはハース版です。

─ チェロ奏者としての演奏経験は? また聴き手としてはどうですか?

それはもう何度も演奏しています。長く所属したN響でも素晴らしい指揮者のもとで演奏しましたし、スクロヴァチェフスキさんが最後に読響で公演された時にも客員首席に呼んで頂いて、本当に凄いブルックナーの8番を目の当たりにしました。聴いて印象的だったのは、ウィーンに留学していた時に接したカラヤン指揮の公演、それに何といってもチェリビダッケがザンクト・フローリアンでやった公演ですね。ザンクト・フローリアン修道院教会の地下にはブルックナーが葬られており、音楽家も音楽愛好家も献花をしていました。僕自身も献花をしてから聴いたそのコンサートは本当に特別なもので、人生の3本指に入りますし、以来これが特別な曲にもなりました。

─ 今回指揮するにあたって、特に力を注ぎたい点は?

自分がブルックナーに夢中になったのは昭和50年代で、クナッパーツブッシュやシューリヒト等の演奏から入っていますし、朝比奈隆先生の指揮で何曲も演奏していることもあって、今のスタイリッシュなブルックナー像というのは、僕の中にないんです。ブルックナーの骨太の音楽は、彼が住んでいた田舎町のリンツやウィーンの雰囲気を反映しています。なのでインターナショナル過ぎない音楽であることを、1つの柱にしたいと思っています。

─ 新日本フィルに関してはどんな印象をお持ちですか?

僕は、最初群響に入り、新星日響を経てN響に20数年いたのですが、新日本フィルも縁のあるオーケストラなんです。新日本フィルで初めて弾いたのは1986年で、留学する前のこと。当時は若い奏者が多く、エネルギーのあるオーケストラでした。さらに留学から帰った後も、客員首席奏者としてたびたび呼んで頂くなど、長くお付き合いしてきましたし、メンバーたちの雰囲気も大好きです。またブルックナーに関しては、朝比奈先生も新日本フィルと良い演奏をされており、それは僕の中で理想の音の1つにもなっています。ただ演奏面からいえば、今は少しこじんまりしているかなと。これにはコロナで大編成曲を演奏する機会がなかったのが影響しているとは思いますが……。なので今回は16型で、昔の太い音の新日本フィルのようなブルックナーを演奏したいですね。

─ 最後に、お客さんへのメッセージをお願いします。

長年愛情を注いできたブルックナーの8番を新日本フィルと一緒に演奏する喜びを、聴きに来られた全ての人と共に味わいたいです。

僕の人生において、どんな時も音楽が共にありました。この演奏会には、その全てが込められています。全身全霊で、皆が忘れられないような演奏をしたいと思っていますので、ぜひ公演にいらしてください。

  

桑田歩のチェロは芳醇かつ端正で味わい深い。そして彼が指揮をした「歩夢ドリームオーケストラ Vol1」の「英雄」は、そうした音楽性をベースにした、引き締まっていながらも躍動的でエネルギッシュな名演だった。今回は自身所属するオーケストラを指揮してのブルックナー。交響曲の大家の最高傑作に魂を込めた、感動的な演奏が展開されるに違いない。“一期一会”ともいうべきこの公演、ぜひともこぞって生体験したい。

聞き手・執筆:柴田克彦(音楽評論家)

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