小学校2年生のときから、父の主宰する「モルゲングランツ少年少女合唱団」で歌っていました。
4歳上の姉も一緒、母も女声合唱団で歌っていましたので、生活のなかにはいつも歌がありました。歌うのが当たり前の生活でしたから、実家を離れて歌う習慣がなくなった時、寂しくなったのを覚えています。
共に声をあわせて歌う楽しさ、すばらしさを学んだことが、私の音楽の原点です。
合唱団ではルネッサンスの宗教曲から日本の合唱曲を含む現代作品までのさまざまなレパートリーを原語で歌いました。
家でも父の指導はとても厳しく、容赦なく厳しい発声練習に逃げ出したくなることがありましたが、続けることができたのは、やはり仲間の存在です。
友達とわいわい楽しい時間を過ごしながら音楽を作り上げていく喜びは、かけがえのないものでした。
ヴァイオリンは4歳から始めました。
高校に入るまでヴァイオリンを弾くのが苦痛になることが何回かあったのですが、変わったのは、高校の授業で初めてオーケストラで弾いてからです。「一人ではしんどいことも、みんなだと楽しい」ことを知り、オーケストラ・プレイヤーになりたいと思うようになりました。
父は78歳のいまも、5つの合唱団の指導をしながら、毎日生き生きと飛びまわっています。そして発声法や作品について常に研究し、進化し続けようとしている姿勢は驚くばかりです。
子供の時はこわくてあまり話もできなかったのですが、最近になってようやく、呼吸のことや体の使い方など、ヴァイオリンにも通じることを相談したり話し合ったりできるようになりました。
みなで気持ちをあわせてひとつになること、協調性と自発性のバランスをうまく保つこと、そして作品への尊敬を忘れないこと―合唱とオーケストラ、両方に共通する教えを、子供の時から学ぶことができたことに感謝します。
そして父のように、一生音楽を愛し、上をめざそうと進化する姿勢を持ち続けたいと思います。
ヴァイオリンは4歳から始めました。
高校に入るまでヴァイオリンを弾くのが苦痛になることが何回かあったのですが、変わったのは、高校の授業で初めてオーケストラで弾いてからです。「一人ではしんどいことも、みんなだと楽しい」ことを知り、オーケストラ・プレイヤーになりたいと思うようになりました。
父は78歳のいまも、5つの合唱団の指導をしながら、毎日生き生きと飛びまわっています。そして発声法や作品について常に研究し、進化し続けようとしている姿勢は驚くばかりです。
子供の時はこわくてあまり話もできなかったのですが、最近になってようやく、呼吸のことや体の使い方など、ヴァイオリンにも通じることを相談したり話し合ったりできるようになりました。
みなで気持ちをあわせてひとつになること、協調性と自発性のバランスをうまく保つこと、そして作品への尊敬を忘れないこと―合唱とオーケストラ、両方に共通する教えを、子供の時から学ぶことができたことに感謝します。
そして父のように、一生音楽を愛し、上をめざそうと進化する姿勢を持ち続けたいと思います。