Interview

特別インタビュー

上岡敏之インタビュー : マエストロの頭の中 Vol. 9

上岡敏之インタビュー : マエストロの頭の中

Vol. 9

最終回 2018 / 19シーズンに向けて / どの楽譜を読むのか

©️堀田力丸

本質に近づく結論を導き出すために、すべて、それぞれを信頼します

 

─9月からマエストロの就任3年目となる2018/19シーズンが始まります。3月の記者会見では、「さらにもう一歩、音楽に踏み込み、それが皆さまに伝わるような3年目に」と抱負を述べられました。

 

「積み重ねがあっての3年目です。新シーズンはトパーズのR.シュトラウス・プログラムで始まりますが、これまでNJPと演奏してきた「家庭交響曲」「ツァラトゥストラ」「英雄の生涯」などを経ての今回の曲目です。ルビー初回のベートーヴェンも「運命」「田園」などを経ての4番と7番。新シーズンは合唱作品を増やして、2月ルビーには、BBCシンガーズのチーフに指揮者として来ていただくことにしました。客演指揮者の方々には、それぞれが最も才能を発揮できるプログラムを組んでいただいています。」

 

記者会見でも、何度も繰り返し演奏してきた有名曲も、練習時間をフルに使って「これまでにない綿密な練習」をされている、というコメントがありました。

 

「有名な曲ほど、演奏家の都合によって弾きやすく変えられてしまってきたトラディションがあるものです。そういう悪しき慣習を取り去って楽譜に真摯に向き合うことが大切です。」

 

─今年4月のジェイド/サファイアでのブルックナー6番は、ヴェス版を採用されました。作曲家の声に耳を澄ませようとするとき、「どの楽譜」を読まれるのでしょうか。

 

「自筆譜、校訂版含めてすべてです。今回のブルックナー6番の場合、持ってきているのはヴェス版のほか、ノヴァーク、ハース、それ以前の自筆が半分くらい入っている楽譜。それらを同時進行で読んでいきます。演奏をするために、何が本当か、一つの結論を出さなければならない。自分のなかで、音楽の本質にできるだけ近い結論を導き出せるよう勉強するわけです。」

 

そこから「上岡版」を作っていかれる?

 

「いえ、自分の版を作るのではなく、作曲家が書いた意味がどこにあるのか、いろいろな助けを借りな がら探っていくということです。
僕としては、作曲家が最初に書いたものが一番良い、という考えではないんですね。作曲家も人間ですから、書き直すこともある。その直しが、本当に作曲家が希望したものか、そうでなかったか、です 。ブルックナーは、ウィーン・フィルから言われて仕方なく改訂した、と言われたりしますが、その改訂は、本当に本人が望んだものでなかったのだろうか? 真実がわからない以上、本人による改訂を尊重しない、というのは、おかしいのではないかと思うわけです。
また、演奏する曲だけを見るのではなく、例えば6番を演奏する時は、0番やミサ曲なども同時に勉強していきます。もう一度伝記を読み直すこともあります。当時のウィーン・フィルの状態にも興味があって、楽員の派閥の問題とか、ブルックナーにいろいろ言っていたのは本当に楽器ができる人だったのか、楽器ができないからそう言っていただけなのか、とか。そのあたりの心理的なことを調べているとすごく面白くて、いくら時間があっても足りません。いろいろな文献を見ながら、ここにはこう書かれているが、別の資料は逆のことを言っている。それにはこういう背景があるからなのか……などと読み解いていったりします。」

 

─作曲当時の楽器や奏法、唱法へのアプローチについてはいかがですか。
 

 

「もちろんとても興味があってたくさん勉強しました。ピリオド楽器(古楽器)は、その曲を書いたときにどのような状況だったのか、作曲家のイメージに近づく手掛かりとして重要です。言語の問題にも関わりますし、勉強し出すと、これもとめどなく広がっていきます。時代によって楽器の構造・機能が異なりますし、また楽器の成長と音楽(演奏)の成長を同時に見ていく必要もあります。ただ、当然のことですが、当時の人は現代の楽器を知らない。そのなかで真理を追究していたということです。」

 

─たくさん選択肢のある現代において、そこから何を選びどのような結論を導くのか、ということですね。オリジナル、原典だから信頼する、というわけではないと。

 

「すべて、それぞれを信頼します。人間の間違いも含めて。人間というのは間違うものです。完璧なものはない。だからこそ興味が尽きないのではないでしょうか。」

2018年4月
聞き手・文 荒井惠理子
(おわり)