Interview

特別インタビュー

上岡敏之インタビュー : マエストロの頭の中 Vol. 8

上岡敏之インタビュー : マエストロの頭の中

Vol. 8

第8回 音楽家であるためのメンタル/インターネットしない主義

音楽に完成形はない。ひとつひとつの音をもっと大切に、

                                                                        音楽にもっと集中した生活を

 

 

─3月は、マエストロによるピアノリサイタル(トパーズ、サファイア限定スペシャル企画)を楽しませていただきました。ドビュッシー、スクリャービン、ショパンによる本格的なプログラムで、さぞご準備が大変だったかと。

 

「あのプログラムは「黒鍵」がテーマで、Cis/Des(嬰ハ/変ニ)で始まる曲ばかりを並べました。ピアノのダイレクトな魅力は白鍵にあるかもしれませんが、黒鍵という概念こそショパンの音楽。Cis/Desという音からどのような展開があったか、その過程をたどってみてはどうかなと思ったわけです。アンコールは、メインプログラムに入れられなかったラフマニノフと、ショパンの「幻想即興曲」(これもCis始まり)、そして締めは、ショパンが最後に勉強したバッハ。平均律クラヴィア第1番のフーガは4声ですが、それはショパン、スクリャービン、ドビュッシー、ラフマニノフの4人を込めています。

弾くのが大変なプログラムを先に作ってしまったので、その後「しまった!」と思いながら練習しました(笑)。」

 

─マエストロが楽器に向かう姿に接するというのは、なかなかないことですから、いい機会をいただいたと思います。

 

「自分は必死だったのですが、会場のお客様が見守ってくださっているような感じで。雨が降って寒い日でしたが、すごく温かいものを感じました。

このところ墨田に長くいたこともあって、NJPの指揮のときも、いらしてくださる聴衆の方々とつながりを感じることが多くあります。前号でお話しした共有感というのでしょうか。同じ方向にいてくれる方々がいらっしゃる、というつながり。ヨーロッパで体験してきたのとはまた別の感覚ですね。そういう感覚を味わえるのはとても幸せですし、励みになって、自分の成長につながっていくものなので、大切にしたいと思っています。」

 

─そうした「つながり」は、マエストロが繰り返しおっしゃる「積み重ね」の賜物でしょうか。前回のインタビューで、「積み重ねが重なって、それがだんだん浄化されていく…」とおっしゃっているのですが、この9月から3年目のシーズンを迎えられるにあたって、これまでの成果をどのように実感されていますか。

 

「まだその過程ですからね。積み重ねていくうちに、自然と次の課題も生まれるし、新しい発見もあるわけです。音楽に完成形はないですから。ここで完成だ、というのは絶対ない。

映画プロデューサーだった父と話したことを思い出します。映画というのは、完成形として世に出されるものですが、完成形になった時、監督は悲しいと。もっとやりたい、もっとよくしたいと思っても、そこで残さないといけないわけですよね。

音楽の場合は消えてしまう。だからこそ、一音一音大切に扱っていかないといけないんです。演奏家は、作曲家が書いた音符から、作品を生き返らせなければならない。それがどれだけ素晴らしく、また大変な仕事なのか ―― 我々は日々感じて、もっと音楽に集中した生き方をしなければならないと思います。音楽家であるためのメンタルを保つ、というのか。」

 

─マエストロはスマホを持たず、インターネットをなさいませんね。いまおっしゃったことと関係していますか?

 

「もちろん興味はあるんですが、それに時間を取られたくないんですね。スコアを勉強する時間、本を読む時間、ピアノを弾く時間は削れないし、それに加えて、睡眠と食事で精一杯。やる時間がない、というのが現実です。

あと、ボタンを押せば答えが返ってくる、というのがどうも性に合わないんですよ。自分自身で調べて確認しないと納得できないのです。メールも使いませんから、連絡は手紙です。出す相手を思い浮かべながら、その人に合った切手を選んで投函します。完全なアナログ派ですね。

日本に帰るといつも思うのですが、便利すぎるというのはどうだろうと。情報も物も氾濫して、365日24時間動いているような世の中では、自分の時間を守らないとどんどん巻き込まれてしまいますよね。

音楽に集中するために、お金を使ってでも自分の時間を確保する ―― 自分の時間を買っています。飛行機でも勉強できるよういい席をとって、その移動時間を買う。なるべく音の静かな車で移動するためにお金を使う。そういう贅沢だけはしています。

音楽が好きで音楽家になったわけですから、雑音や邪魔で自分を見失わないよう、自分を守らなければいけないと思いますね。自分にとって何が大切かを考える、ということです。」

2018年4月
聞き手・文 荒井惠理子