Interview

特別インタビュー

上岡敏之インタビュー:マエストロの頭の中 Vol. 6

上岡敏之音楽監督インタビュー: マエストロの頭の中

Vol. 6

第6回 教えるということ

これまでの人生経験すべてを集めて

学生と向き合っています

 

─マエストロは、ザールブリュッケン音楽大学指揮科の正教授を務められています。大学ではどのような授業、レッスンを持たれているのでしょうか。

「学期によって多少異なりますが、指揮科の 個人レッスンのほかに、合唱や教会音楽の指揮の指導を受け持つこともあります。レッスンでは、音楽について学生と一緒にディスカッションします。指揮のテクニックよりも、まずは生徒ひとりひとりに合った音楽言語をみつけることが大切ですので、その手助けをするのが目的です。ですから外国語を教えるような感じですね。 言葉の言い方にしても、どのようなタイミングで、どのように伝えるのか、人によって異なります。「あなたの場合、この場面では、まだその言葉を伝えられていないのでは?」とか「その言葉はそこではなく、ここで言うべきなのでは?」といったように、音楽の場面に沿って、アナリーゼを一緒にしていくわけです。フレーズは人によって感じ方が違いますから、自分なら絶対そうしないけれど、楽譜に書かれている許容範囲内であれば、生徒がそう感じるならそれもありかな、と本人の意向を尊重することもあります。」

 

─指揮者に最も必要な能力、資質は何だと思われますか

 

「謙虚なこと。人の作品を演奏するのですから、まず人の意見が聞けることが重要です。自分が偉いと思っている人は、統率力はあるかもしれませんが、音楽には向かないと思います。

そうはいっても、生来の性格というのがありますからね。「作曲家はこう書いているけれど、 僕はこう思う」と主張する生徒もいます。そういうときは、「“こう思う”じゃなくて、書いた人の気持ちになってごらん、そうされたら嫌だと思わない?」と。一方で、大勢の人をまとめることができるまでに時間がかかる子もいます。実際、僕自身もそうでしたし。自分のこれまでの人生経験をすべて集めて、いろいろな引き出しから、生徒に向き合っているような感じです。」

 

─ それは、マエストロご自身が受けてこられた教育法、メソードですか?

 

「メソードというのは、自分のやり方に相手を 当てはめるわけですよね。そうではなくて、生 徒ひとりひとりが、自分の文法を作れるようなレッスンをする、ということです。 勉強の仕方にしても、朝型、夜型いろいろ ありますが、どれがいいわけではなく、その人それぞれでみつければよい。生徒はよく「先 生はどうやって勉強したんですか」と聞きます が、僕にとってはよくても、その子には無理かもしれない。やり方は自分でみつけて、ペースを自分で作ることが大切なんです。
レッスンでは生徒たちがやってきたことを、彼らと一緒に確認していきます。「それではまだ楽譜の読み方が足りないね」「良かったけれど、本当に(聴く)人が分かってくれるまで行っているだろうか」「ここは作曲家がそんな小さな声で言うように書いたのかな」といったふうに。生徒がやってくれば、それだけ次の課題も出てくる。そういうディスカッションを重ねていくのが、僕のレッスンです。」

 

─ 学生の評価というのは、どのようになされるのですか。生徒の指揮をご覧になって?

 

「僕の場合は、生徒の日々の生活、全体で評価します。その時点でその子がどういう指揮をするかではなく、音楽家として評価したいのです。そうでないと、例えば晩熟型の生徒は評価できない。この子には、まだ開花していないけれどこういう才能がある、といったことは、生活全体を見ていると気づくことができます。」

 

─その流れで質問させてください。マエストロはご自分の演奏の自己評価をどのようになさっていますか。

「本番の後、必ずその日のうちにスコアを読み直しながら確認します。ここはこうだった、ああだった、次やるときはこのようにしよう、と。演奏の後は、後味が良かったことがないですね。
一緒にやった仲間や聴いてくださったお客様には、もちろんいつも感謝の思いで一杯です が、自分に対しては……。何事もなく終わった 時ほど不安になります。
結局、これで良いというゴールがないのです。だからこそ魅力のある、素晴らしい仕事な のだと思います。同じ曲を何回やっても楽しいし、次に目指すべき課題もみつかるのでしょう。」

─よく「教えることは学ぶこと」と聞きます。マエストロも、教えることで得られたことはありますか?

「教えることによって、自分が無意識にやって きたことに確信が持てる、ということがありますね。それに、学生を前にしていると必ず新しい発見があるのです。生徒によって性格も 個性も違う。自分の知らない世界、人間の奥深さを学んでいる感じです(笑)。

素直な子もいれば、生意気な子もいる。アドヴァイスしたほうがよいと思う子もいれば、自分で苦労しなきゃわからないだろうという子もいます。昔は生徒それぞれに的確なアドヴァイスをするのが難しかったのですが、最近ようやくできるようになったかなと思います。「こう言ったら、今晩この子は泣いて電話してくるだろうな」と夜、時間をあけて待っていると、そうなったり。そういうこともわかるようになりましたね。教えることで、自分も成長しているんでしょう。」

201711月 聞き手・文 荒井惠理子

©️堀田力丸