Interview

特別インタビュー

上岡敏之インタビュー:マエストロの頭の中 Vol. 5

上岡敏之音楽監督インタビュー: マエストロの頭の中

Vol. 5

第5回 転機となった出会い/聖書について

©️堀田力丸

自分に起きたことは、 すべて自分に必要なこと。

素直に受け止めて肯定できればと思います。

─前回のインタビューで、「人との出会いに恵まれるとき、真の豊かさを感じる」とおっしゃった言葉が印象に残っています。豊かさとは何か、考えさせられました。

「豊かさとは目に見えないものですから。一人でいる時間も必要なので、孤独は決して嫌ではありませんが、良い出会いを体験するとやはり豊かさを実感します。たくさんである必要はなく、信頼できる何人かがいてくれれば充分幸せですね。思い返すと、その時々に、神様なのか、運命なのかわかりませんが、良い人を僕のところに送ってくださっていると感じます。本当に感謝しきれないほどラッキーな出会いに恵まれてきました。」

 

─これまで転機となった出会いはありましたか

「まずは幼稚園の先生ですね。先生のピアノを聴いたことが、僕の音楽人生の始まりですから。中学生の時、学校の先生と一緒に演奏会に行ったこともありました。自分にとって、習った先生すべてが恩師です。ホテルに勤めていた時に評価してくれた上司も恩人の一人です。」

─以前、日本では才能が認められず、その後ドイツに渡ってから道が開けたと伺いましたが。

「自分の頭でちゃんと理解しないと納得できない性質で、おかしいと思うことは先生にもはっきり言う学生でしたから、日本では、受け入れられないことも多くありました。もともと、「正解が決まっている教育」が性に合わないのだと思います。これだけドイツに長くいられるのも、ドイツ人の論理的な気質が自分に合っていたからでしょう。

けれども藝大ではいい勉強をさせてもらいました。恩師のメルツァー先生は、オペラをするにはバッハやベートーヴェンをしっかり勉強しなければいけないとおっしゃり、指揮科のレッスンでバッハの平均律、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲、ショパンのエチュードを指導してくださった。ピアノを弾きながら『フィガロの結婚』を全曲歌い、『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』『イドメネオ』などなど、基本となるオペラを勉強しました。ですから、ドイツに行く前に、かなりオペラの勉強ができたんです。また、声楽や弦楽器のレッスンで伴奏を弾いていましたから、長野羊奈子先生や海野義雄先生など他の科の先生方にも深い教えをいただきました。色々な楽器を知りたかったので、ヴァイオリン、クラリネット、打楽器のレッスンも受けましたし、ガムラン音楽を聴きに行ったりもしていましたね。ドイツに行って良かったのは、日本でダメと言われてきたことが、逆に評価されたことです。自分がよしと思ってやってきたことが間違いではなかった、とわかったことが、とても嬉しかった。ドイツでは、歌劇場でオペラを体験しながら色々な人と知り合って、自然と輪が広がっていき、チーフの仕事を任されるようになりました。向こうに行って2年目から教える仕事も始めました。ですからやはり、ドイツに渡ったことが転機になりましたね。」

─ 人との良い出会いによって、マエストロの音楽人生が支えられてきた、ということですね。

「別に運命論者でもなんでもないのですが、どこでどういう人と出会うのか決まっていて、それに導かれてきた、という感じがしています。自分に起きたことは、良いことも悪いことも含めてすべて自分にとって必要なこと。だからこそすべて素直に受け止めて、自分のなかで肯定できればと思っています。」

─聖書を毎日読まれていると伺いました。

「聖書は最高の哲学書だと思います。クリスチャンではないのですが、通っていた幼稚園がミッション系で、その頃から聖書の教えを「なるほどな」と思いながら聴いていましたね。中学生の頃は日曜日に教会に行って賛美歌を歌うのが習慣でした。ですから聖書は自分のルーツになっているなと思っています。今でも旅先にも聖書を持ち歩いて、毎日必ず読みます。寝る前、ぱっと開いてそこを読むとか。飛行機の移動が多いのでボロボロになってしまって、この前新しいのを買ったのですが、古い訳のほうが馴染みがいいですね。」

─特にお好きな一節がありましたら。

「すごく気に入っているのが、ルカによる福音書の「狭い戸口から入れ」です。

アンドレ・ジッドの『狭き門』を読んでから好きになりました。狭い戸口から入る努力をしなさい。入ろうとしても入れない人が多いのだから─状況が恵まれるほど、自分を律するために肝に銘じていることです。毎朝、読みたいと思う一節です。他にも、ルカによる福音書の「あなたの頬を打つものには、もう一方の頬も向けなさい」「人にしてもらいたいと思うことを人にもしなさい」など、好きなものがたくさんありますね。いろいろな人生論が出ていますが、すべて聖書に書かれている。人生の哲学がここにあると思います。」

 

20179月、11