ハーディング最新インタビュー
「この交響曲を演奏するたびに、私は3月11日を思うことでしょう」
―ダニエル・ハーディング(新日本フィル Music Partner of NJP)
3月11日、東日本大震災。就任披露公演という華々しい舞台を控えたその日の午後、巨大地震と津波が日本列島を襲いました。激しい大地の揺れ、人々の動揺、交通機関の停止、津波の衝撃的な映像、そして原発報道。その後予定していた公演はすべて中止になり、ダニエル・ハーディングは震災から4日後、帰国することとなりました。
そしてまもなく、チャリティーコンサートと代替公演の開催が決定しました。現在も外来アーティスト来日中止の報が届く中、ハーディングの来日の決意が揺らぐ気配はありません。ヨーロッパではハーディングが東京で震災を経験し、そしてまた再び日本でチャリティーコンサートの指揮を執ることが、注目を集めています。
これほどまでに強く、彼を日本へ、そしてチャリティーコンサートへと駆り立てるものは何なのでしょうか。5月の多忙なスケジュールの中、ウィーン・フィルとの本番数時間前に、その気持ちを語ってくれました。
Daniel Harding (c) Harald Hoffmann /DG
―3月11日は新日本フィルのMusic Partner of NJPとしての最初のコンサートの日でした。
地震にあった時のことを教えてください。
ハーディング:
ええ、(ホールへ向かって)皇居の近くを通っているときのことでした。私が初めて日本に来たのは14年前のこと。実はこの14年の間に私は一度も地震を経験したことがなかったのです。ですから最初は「ああ、遂に地震だ。」といった軽い気持ちで「地震だ!揺れているよ!」と車に同乗していたマネージャーに言ったのです。ところがはじめは地震に気づかなかったマネージャーの顔色が見る見るうちに青ざめていくのを見て、これは大変なことだ、と認識したのです。かなりの揺れでしたが、東京の真ん中でしたし、あまり怖いといった感情は抱きませんでした。揺れよりも地震慣れしているはずの日本人の表情が皆こわばっている様子の方が僕に恐怖心を与えた、といった感じでした。
―その時、逃げ出したいとは思いませんでしたか。
ハーディング:
どこに逃げるのですか?僕は日本に来るようになってからいつかは地震に遭遇するだろうと思っていました。日本は太古の時代から地震と共にありました。地理学的に火山を抱き、プレート上に存在するような場所であり、何千年のときの流れの中でいつ地震が起きても不思議ではないのです。ですから、地震におびえて日本に行かないとか、逃げ出すなんてナンセンスです。
何よりも地球は生きています。そして生きているからこそのエネルギーの放出なのです。私たちは皆その生きている地球の水を始めとする命の恵みを受けています。今回の地震は日本で起きましたが、地球上に住み、地球の恵みを受けている私たちが皆共に痛みを分かち合うべきものなのです。それに本当に100パーセント安全なところなんてあるでしょうか。
―迷わずトリフォニーホールに向かわれたのですね。
ハーディング:
ええ、揺れが収まってからすぐにトリフォニーホールに向かいました。そこには既にオーケストラのメンバーをはじめ、スタッフの人たちが待っていました。そして余震の続く中でリハーサルを行いましたが、恐怖心はほとんど感じませんでした。何しろ東北の方々に比べたら東京の状況はそれほどではないことは明らかでしたから。むしろこのときからテレビ等の映像で伝わってくる悲劇に対する想いが強く芽生えていたと言っても良いでしょう。
私たち音楽家の多くは日本に来る機会に恵まれてきました。そして来日を重ねる中で日本、その文化と人々への愛情を強くしてきた人は決して少なくありません。日本の方々は心からクラシック音楽を愛し、大切に思ってきてくださいました。こうして音楽家と日本の方々との関係は深く、強いものになってきたのです。その日本の友が友情や助けを必要としている今こそ、日本にいるべきだと私は思い、何とかチャリティーコンサートを行えないものかと留まったのです。残念ながら会場の確保がどうしてもできず、実現できませんでしたが、正しいこと、すべきことをしようとする、それが大切なのではないでしょうか。
―そして3月11日の夜、コンサートが行われました。
ハーディング:
ええ、当日のコンサートを行うことに動揺はありませんでした。私もオーケストラのメンバーもその日のコンサートを迎えるべく準備を進め、体中に音楽が満ちていました。ですから溢れんばかりの音楽を外に放つのはごく自然なことでした。何よりも音楽家の私たちにできることは音楽を奏でることです。
なんといっても予想以上に多くの方々が自転車や徒歩でホールまで来てくださっていたのには驚きました。その方々のために演奏をしたいと私たちは思い、少し開演時間を遅らせて、コンサートは始まりました。
マーラーの第5番は私にとって一生忘れることのできない作品となりましたし、このコンサートそのものが一生忘れることのできないコンサートとなりました。オーケストラのメンバーも素晴らしい演奏をしてくれました。この交響曲を演奏するたびに私は3月11日を思うことでしょう。私の中ではマーラーの交響曲第5番イコール3月11日として刻まれています。これは私だけでなく新日本フィルのメンバーにとっても同じだと思います。
コンサート終了後、すぐにロビーに向かい、その日来てくださった方々一人ひとりと言葉を交わすことができ、チャリティーコンサートへの気持ちを一段と強くしました。ちなみに多くの方々が帰れなくなり、安全なホールにその晩は留まることとなりました。
それにしても本当になんとも言えない、不思議な一日でした。
―その日はホテルに戻ることができましたか。
ハーディング:
ええ、車で3時間以上かかりましたが、無事に帰ることができました。でも本当に疲れていたので、車の中でもぐっすり寝ていましたし、ホテルに帰ってからもただひたすら眠りました。
―自分で思った以上に疲れていたのですね。
ハーディング:
そうみたいです。(笑)
―演奏会の翌日に小澤征爾(新日本フィル・桂冠名誉指揮者)氏と電話で話したそうですね。
ハーディング:
小澤征爾さんは私が日本に留まってコンサートを続けようと考えていることに感謝してくださいました。その後互いの近況とか、個人的な話しをしたのですが、私が彼を思っていたのと同じように、彼もまた私のことを考えていてくれたことが分かってとてもうれしかったです。
―音楽監督アルミンクとも電話で話したとききました。
ハーディング:
ええ、彼もとてもとても心配していて、みんなの様子をはじめ、いろいろと聞いてきました。やはり離れたところにいるとなかなか詳細なところが分かりにくいものなのです。
―ご家族も心配していたのではありませんか。
ハーディング:
ええ、はじめはとても心配していましたが、毎日電話をしてきちんと様子を知らせていたので大丈夫でした。子どもとも毎日しっかり話をしましたよ。
―6月は定期演奏会のほかチャリティーコンサート、代替コンサート等を行います。来日に当たって心配ではありませんでしたか。
ハーディング:
心配と言うなら、初来日のときから地震のことは心配していましたよ。だって地学的に日本は地震のあるところなのですから。でもそんなことが問題にならないくらい、今は大好きな日本に伺うのが楽しみ、と言うと語弊がありますね。でも再び日本に伺うのを心待ちにしています。そしてあのときに行えなかったコンサートを始めとして、自分たちができることをしたいのです。もし私の国で何か悲劇的なことが起きて、人々がこぞって逃げ出したり、来ることを拒んだら、私自身とても悲しい思いをすることでしょう。そしてこのようなときこそ、友にそばにいてもらいたいのではないでしょうか。
―そしてマーラーの第5番が再び演奏されます。あなたにとっては当然の選択だったのでしょうか。
ハーディング:
マーラーの第5番が選ばれた理由はいくつかあります。第1に3月11日に演奏された作品であったこと。第2にオーケストラが本当にすばらしい音楽を演奏したという事実。あのような演奏を是非再び皆さんに聞いていただきたいと心から思っています。そうすることで初めてこの演奏会は完成することができるのです。そしてもう1つ。それはマーラーの第5番が葬送行進曲、つまり死に始まりながら、生への喜びと愛に満ちた作品であり、とてもポジティヴな要素が多く見られる作品だからです。本当に卓越した作品です。
―日本の原発に対してヨーロッパ等のメディアの一部にはセンセーショナルの報道をしているところもあると聞きましたが。
ハーディング:
原発の問題は確かに難しい問題ですね。欧米のマスコミの中には確かにドラマティックな報道をしているところもあります。でも冷静かつ、客観的な報道をしているところもあります。結局どのメディアを信じるか、ということになります。ただし、ヨーロッパのメディアは真実をとことん追究することを良しとします。その一方で日本の文化は自制心が強く、政治家もどんなに厳しい状況下にあってもフォーマルであることを重んじる傾向があるように思います。このような文化的、あるいは行動の取り方の違いが誤解や疑念を生んでしまうところもあるかもしれません。
私の場合、ガーディアン紙の編集長を通じて、この分野で最も信頼する科学者から話を聞くことができました。にわか放射線スペシャリストがあふれかえる今の世界の中で信頼に足るソースを得て判断することが大切だと思います。
―6月のコンサートには、改めてMusic Partner of NJPとしてのお披露目コンサートといった感もありますね。
ハーディング:
新日本フィルは僕にとってとても大切なオーケストラです。メンバーとの関係も、スタッフの方々との関係も、そして聴衆の方々との関係、どれもとても大切なものです。そして今回の就任と3月11日の震災を通してその絆はよりいっそう強く、太いものになったと思います。この震災は僕にとって一生忘れることのない大きな体験でしたが、それはすべての人にも同様に忘れえぬ大きな体験であったと思います。
音楽家である我々には音楽を奏でることしかできません。でもその音楽を通して同じ時と気持ちを分かち合い、私たちの強さを確認し、前に向かう機会になればうれしいです。
何よりも私は日本の未来に対しては楽観的です。日本人のまじめな勤勉さと高い精神力をもってすれば復興は必ず成し遂げられると信じて疑いません。
公演情報
◆ハーディング・新日本フィル チャリティーコンサート―3.11東日本大震災、明日への希望をこめて
6/20(月)19:15開演 すみだトリフォニーホール
◆同プログラム2公演、同時開催
6/21(火)19:15開演 サントリーホール
6/22(水)19:15開演 すみだトリフォニーホール

